
2017
Bangkogk Thailand



Khaosan road
独特な混沌感と軽薄なアッパー感に満ち満ちているタイのバンコクにあるカオサン通り。
混在した人種の中、音と光が入り乱れ、雑然で猥雑な湿り気を帯びた風を全身に浴びて歩く。









邂逅
いつもの様に大音量でかき鳴らすBarお抱えの路上バンドの横を通り過ぎる。
見るとえらい 年配のタイ人が汗をかき散らしながら、手にしたマラカスと腰を小気味よく振っている。
金髪やロン毛のバンドマンの中、一人だけ浮いている老人。
だけどエネルギッシュで一体感が ある。
フッと、目が合うと
「日本人か?」
と、声をかけられ驚く。
汗だくのまま解放的なまでに豪快に笑い、まくし立てるように喋る『コウノ』と 名乗るこの不思議な老人。
僕は親しみを込めて彼を『コウちゃん』と呼ぶことにした。
御年70才である。


「カオサンで俺を知らなきゃモグリだよ」
キラキラした目でそう語るコウちゃん。
4ヶ月程ここカオサン通りに住みつき、夜な夜なバンドマンとセッションをして暮らしていると 言う。
「この前なんかお前、400バーツもチップもらったよ 笑」
実際にお金を稼げているのだ。
自分の才能を使い、自分がやりたいこと、自分にできることで人に喜んでもらう。
その対価としてお金を得る。
知らない土地や国、ましてや年齢など関係ない。
しっかり生きる技術と知恵をフル稼働させ実践していると言うこと。
ただ、基本は少しだけ日本から年金を送ってもらってるとも言っていた。
















集まる情報、生きる技術
出会った時、コウちゃんはかなりジリ貧だった。
1日30バーツで後1週間過ごさなければいけないと言っていた。
「俺は九紫火星だから、情熱と名誉の星回りなの。だから人に金を借りるのはプライドが許さないの!」
と、九星気学にも長けているコウちゃんは言う。
「じゃぁ、メシとかどうしてんの?」
と聞いてみる。
「メシはあれだよ。インドのヒンドゥー寺院で朝メシ食わしてもらうんだよ」
「え?毎日?タダなの?」
「そーだよお前!インド人は気前がいいよなぁ! だぁはっは!」




コウちゃんは携帯もネットもしない。持ち物はマラカスと服のみ。
でも不思議と、お金がなくても生き抜くのに必要な情報が入って来る。
1バーツコインでペットボトルパンパンに水が汲める自動販売機もあるんだぞと教えてくれた。
頭と体を使えばお金は最小限でいいと。
「そこのお寺に俺も行ってみたいんだけ ど、連れてってくれないかな?」
そう聞くと、お安い御用ですよと言う感じで
「ああ良いよ」とあっさり。
翌朝連れて行ってもらう約束をした。






バンコクの慈悲
翌朝8時半。自筆の『南無妙法蓮華経』と書かれたTシャツ姿で現れたコウちゃん。
朝から下ネタ炸裂のハイテンションで登場。
御年70歳で現役バリバリのコウちゃんは、未だに1日最高で9回は自慰行為ができると言う、マカ知らずの妖怪っぷりだ。
「雄しべと雌しべがって、ばかぁ〜笑」
そうかと思えば、御釈迦様やキリストさんの言葉を引用し、自分の経験を語ってくれる。
「御釈迦様は『全てを明らかにせよ』とおっしゃってる。『罪』の語源は『包み隠す』と言うとこから来てる。言うなればオープンでいなさいってこと。こっちは皆オープンに接してくれるだろ!」
コウちゃんの人付き合いは0か100だ。
まずドバッと自分をさらけ出す。
まず自分から。
良いも悪いもなく本音で言う。
それで付き合えるかどうかは相手次第。
そんなストレートで一本気な人。
「だから日本じゃ友達全然いなーい!だぁはっはっは!」
見ていて気持ちがいいおっちゃんだ。
そんなコウちゃんはカオサンでもちょっとした有名人。
10メートル感覚で行き交う人と挨拶を交わして行く。
そして、ホントに?
と思うような路地を野良猫のようにすり抜け目的地に向かう。








話しているうちに朝メシを提供してくれるヒンドゥー寺院に到着。
歩いて約30分。
毎朝8:30~10:30の間の時間だけ配給しているらしい。
コウちゃんは2ヶ月間毎日この距離を一人歩いて来ているのか。
良く見つけたものだ。
寺院の中は誰でも、それこそオープンに入ることができる様子。
中にはファラン(欧米人)の姿もちらほら散見した。
寺院内はずっと宗教歌が流れている。
イメージしていたのは、大阪のあいりん地区などでよく見る路上生活者や日雇い労働者への炊き出し風景。
しかし、こちらは『貧困』や『神の慈悲』的な雰囲気は感じず、ただインド人が仲良くおしゃべりしながら食事をしている社交場の様にも見えた。
でもきっとこれも神様の思し召しなのかもしれない。
「なんだ。いつもはカレーが2種類はあるのに今日は1種類しかねぇや」
かなり常連度の高いコメントをするコウちゃん。
システムは自分が食べる分を自分でよそうビュッフェスタイル。
それを地べたで縦列に座り込み食べるインド 式。
コウちゃんは朝からお代わりし、 満足気に手を合わせ二人でその場を後にした。



反転した世界
コウちゃんがタイに来た理由。
それは日本という国が住みにくいから。
簡単に言えばそれだけ。
でも、そう感じている人が今の日本に何人いるのだろう。
年 間3万に達する自殺者数を考えれば容易に想像が付く。
じゃぁ。
ということで環境を変える。
それが国を離れたとしても、年齢が幾つであろうと、自分の持てる才能をフルに活かし、行動に移し、試し、経験し、失敗し、笑い、楽し む。
そんな70歳はなかなかいない。
そんなコウちゃんは高校を卒業後、某有名自動車会社に就職する。
それはそれは有名な。
でも本人曰く、60歳になるまでほとんどウツ病だった と。
それはそれは死にたいと思うほど。
自分の思う様にも、認めてもらうこともない世界。
それもなんとか勤め上げ退職。
そして、ある日あるきっかけからパッと悟りとまでは言わないが、何か開けたらしい。
「今まで思い煩っていたことが皆くだらなくなったの。何でもいいじゃんて。モヤが晴れた感じだよ。そうしたらお前すごいよ!病気は治るは、歯槽膿漏は治るは、下の毛まで黒くなって来た!笑」
「まず身体が反応するの!」
自分でもウツが明けたのが自覚できたらしい。

今では考えられないが、ウツが明けるまではおとなしく、コンプレックスに悩んでいたコウちゃん。
ウツが明けた途端にまぁ喋る喋るで、兄弟親戚にまで下ネタが言える様にまでなる。
驚いたのは身内側。
どうやらおかしくなってしまったと、コウちゃんを上手く言いくるめ精神病院に入院させる。
「謀ったなぁ!」
当時のコウちゃんの言葉である。
思い返せば、死を考えるほどの精神状態で40年もの間社会に出ていたサラリーマン時代。
そんなウツウツとした暗闇がやっと明け、自分らしさを全力オープンに出して生き始めた途端、精神疾患のレッテルを貼られ、入院させられてしまうという、何だか反転した世界観。
何が健常で何が異常なのか分からなくなる。
「それが今の日本社会なのっ!」
眉間にしわを寄せ喋るコウちゃん。
理解されないという気持ちが根底にあるように見える。
















60代からの精神的ジェットコースター。
そして意味も分からず2ヶ月で退院。
その 後、気持ちも落ち着き始め、67歳にして日本でタイ人の恋人ができる。
なにせ全力オープン。
「タイは良いところよ」
と言われたから行ってみたという初めてのタイ一人旅。
この経験でタイに魅了され今に至るらしい。
余談だが、この初のタイ旅行。
タイを何も知らないコウちゃん。
一人言葉もよく分からない異国の地。
空港に着き、適当にタクシーで移動。
降りた先でホテルを探すも何故か断ら れ、結局初日から公園で野宿をすることに。
いまだにどこで降りたか、何でホテルに断られたかは不明らしい。
「わぁかんねぇよ!とりあえず公園あったからそこで寝たの!」
旅の仕方もワイルドだ。
しかもその後、たまたま宿泊したホテルで知り合ったタイ人の夫婦に、総額60万円ほど騙し取られてしまう。
何だかんだお世話したから、と言う理由で。
「別にもうワダカマリもないよ。そう言う文化ってことでしょ。ただ、その後、日本に帰ったら嫁が、その借金のせいでノイローゼになって、俺が周りから責められてよ。で、ウツが再発よ」
60代からの精神的ジェットコースター。

そこからまた3年間ウツに苦しみ、一時ストレスで血圧が200まで上がってしまったらしい。
「でも、不思議だよ。ある人から『コウノさん。私にとってコウノさんは、必要な存在なんだってことが分かりました』って言われたの。そしたら、アレェ?ウツが治っちゃった! 血圧も下がちゃうしな!」
コウちゃんは言う。
「ウツ病はね、誰にも必要とされていないと思って自分を責め出すとなるの!」
ウツは真面目な人がなりやすいなんて話を聞くが、ピュアで敏感な人がなりやすのかもしれない。
タイに来たのは自分を認めてくれる 人、自分を必要としてくれる場所を求めた結果、何も日本にこだわる必要はないとなっただけ。
「ただ逃げてるだけなんだけどな!」
と言うコウちゃんに、君子危うきに近寄らずって昔の人が言ってるよと言うと、
「御釈迦様もね、自分の身の安全をまず考えろって言っててね・・・」
と、いつものコウちゃん節でご返答。
何とも面白い人である。













『I am not perfect but I am LIMITED EDITION』
僕のタイのビザが切れる日。
翌日早朝カンボジアへ抜ける。
最後の日、いつもの場所へ、いつもの時間に行ってみる。
近寄って来る僕に気付き、そっとマラカスを置くコウちゃん。
僕のタイ最終日だからと「ビールおごるよ」なんて気前良いことを言ってくれる。
カッコイイっすね!
その際に、僕が今まで撮ったコウちゃんの写真を見せる。
「なんか自分の写真は好きじゃねぇなぁ」
そんなこと言ってた。
「でもきっと昔のコウちゃんみたいに、現実に窮屈さを感じている人がコウちゃんの存在や経緯を知ったら少し楽になったりするんじゃないかな?国も年齢も飛び越えて、ただ自分らしくいられる場所で情熱的に生きてる人がいるって知ったら。文句や大口を垂れるだけじゃなく、思考と行動が伴って、実際に今ハッピーな70歳を。僕はリスペクトしてますよ! 」
そう伝えると。
「それはそう」
と照れ隠しなのか、真面目な顔で小さくうなずいていた。

そして、前からちょくちょく着ているコウちゃんのTシャツが気になった。
『I am not perfect but I am LIMITED EDITION』と書かれたTシャツ。
「コウちゃん、そのTシャツの意味わかって買ったの?」
「知らねぇよ!上はこれ『私は完璧じゃない』ってことじゃないの?」
「そうそう!で、下の『LIMITED EDITION』って意味が俺も分からなかったから調べて見たの! そしたら、『限定版』とか『数量限定』とかって意味だって!」
「なぁんだよ! 俺のことじゃねぇか! だぁはっは!」
意味も分からず手に取ったTシャツ。
だけども、なんともコウちゃん本人をうまく言い当てている。
そして全ての人にも言えること。
『I am not perfect but I am LIMITED EDITION』
完璧ではないけれど、唯一無二たった一人のオリジナル。
二人で大笑いした。
そして休憩を終えたバンドが音を作り出す。
コウちゃんもマラカスを持ってゆっくり立ち上がる。
そして、当たり前かのように盛り上がりの輪の中に吸い込まれていく。
それがカオサン通りのいつもの風景。
